私(西村幸太郎)の一連のブログ記事です。私がどういう人間なのか、どういう活動をしているのか、どんなことを考えているのか、どんな知識やスキルを持っているのか、信頼に足る弁護士か、などなど、たくさんの疑問をお持ちの方もおられると思います。そのような方々は、是非こちらの記事を御覧ください。
いままでの投稿: 2017年10月
憲法とは何かを考えるー最近の憲法政治をふりかえりつつ
本日,憲法市民集会@北九州弁護士会館において,「憲法とは何かを考えるー最近の憲法政治をふりかえりつつ」というテーマで,九州大学法学部教授・南野森先生より,ご講演いただきました。南野先生は,AKB48とコラボした「憲法主義」という著作で名を広めた憲法学者です。私も,拝読させていただきました。非常にわかりやすくも,教科書的な議論ではなく,最近のトレンドにあわせた話しぶりが印象的です。講演内容も,大変示唆に富むものでした。
安倍首相のあゆみについて,さかのぼって振り返ってみましょう。安倍首相は,従前より,「この国を守る決意」(2004年1月)という著作の中で,憲法9条を変えなければならないと主張していました。翌月の「論座」インタビューでは,集団的自衛権を認めないといけないという主張もしていました。集団的自衛権は認められないというのは,これまでの政府の一貫した解釈だったため,結局,憲法9条を変えないと,集団的自衛権は認められないことになります。9条改正は,安倍首相の悲願だったわけです。しかし,安倍首相が,当初首相になった際には,法律のエキスパートがつどう内閣法制局が,従前どおり,自衛隊は必要最小限度の実力を有するにすぎず戦力にはあたらないし,集団的自衛権は認められないという解釈を貫徹したため,諦めざるを得なかったのです。その後,第2次安倍政権は,とりあえず(突然?)96条改正論を持ち出しましたが,樋口陽一先生はじめとする護憲派・小林節先生はじめとする改憲派のいずれからも一斉に反対を受け,断念。これに懲りたかと思いきや,その後,安倍首相は,革命ともいうべき行動に出ます。これまでの慣行に反し,内閣法制局長官に,(安倍首相の息のかかった(?))小松一郎駐在フランス大使を任命したのです。つまり,9条・自衛隊の解釈を堅持してきた内閣法制局のクビを挿げ替えたのです。安倍政権は,保守的といわれますが,やっていることは全然保守らしくない。その後,安倍政権は,いとも簡単に,集団的自衛権行使容認の憲法解釈変更閣議決定(2014年7月1日)をしてしまいます。憲法のなかでも,非常に重い9条につき,このように簡単に解釈変更できてしまうと,憲法の規範力の低下につながります。最近でも,野党(少数派)に内閣に対する武器を与えた憲法53条(臨時国会の召集)について,2回も無視されているような現状があります。つまり,憲法が国を縛る力が弱まってしまうのです。もし,本当に,自衛隊や集団的自衛権の問題に切り込もうとするのであれば,国民の理解を得たうえ,きちんとした憲法改正の手続きによるべきなのであって,やり方が非常によろしくない。こうした問題意識があって,当初は躊躇していた「アイドルとのコラボ」という企画に対し,「むしろこれは多くの人に憲法を知ってもらい,考えてもらうチャンスだ」として,「憲法主義」が生まれたのだそうです。
先生は,憲法の特性として「憲法には罰がない」というお話もされていました。たとえば,道路交通法には,交通ルールが種々書かれており,赤信号では止まらないといけないし,速度超過は許されません。違反すると罰金を取られたり刑事罰が科されたり,免許の点数が引かれたりなどのペナルティがあります。一方,憲法は,国が守るべき規範ですが,国が憲法に違反した場合も,特にペナルティの定めはありません。憲法はこれを守らないなどということを予定していないということでしょうが,実際,憲法を平気で守らないということが横行してしまうと(さきの憲法53条の例も参照),どうしようもありません。憲法は,為政者がこれを守るという善意によって支えられているのであり,これがなくなると,憲法に書かれている理想も,絵にかいたモチになってしまいます。日本の裁判所は,違憲立法審査権(憲法81条)という強力な権限を与えられていますが,戦後違憲判決は10ほどしかなく(諸外国に比較して極端に少ない),そんななか裁判所が初めてくだした違憲判決(尊属殺重罰規定違憲判決)においては,1973年の判決でありながら,削除の1995年まで30年近くも放置(無視?)された状態が続いていたのであり,裁判所の判決さえも従わないという事態が生じると,本当にどうしようもない状態になります。
では,どうやって,為政者に憲法を守らせるのか。憲法12条は,「国民の不断の努力」によって,自由・権利を保持しなければならないとされていますが,国民が意思によって歯止めをかけたり,国民のサポートで裁判所の判断が為政者を動かす力となったり,為政者が憲法を守る原動力になったりします。いまこそ国民が,憲法を知り,議論し,改憲をすべきか否か,この国がどのような方向に向かうべきか,見極めていく必要があるのではないかということでした。
今回の講義で,憲法につき考える良いきっかけをいただけたと思いますので,さらに知憲・論憲を重ねていきたいと思います。
ちなみに,先生の最新の著作,「10歳から読める・わかる いちばんやさしい 日本国憲法」も購入しました。これは,わかりやすく記載しなおした,憲法条文の逐条解説本になっています。こちらも勉強させていただきたいと思います。
事業承継について(2)
事業承継に関する記事の2回目です。
10月6日の日経新聞の1面では,「大廃業時代の足音」「中小『後継者未定』127万社」という見出しの記事が掲載されていました。後継者難から会社をたたむケースが多く,廃業する会社のおよそ5割が経常黒字なのだそうです。いかに後継者探しが難しいか,日本の法制の壁が厚いかがわかると思います。
中小企業庁は,小計する経営資源には,①株式や資金などの一般的な資産,②経営権や後継者教育などの人的資産,③取引先との人脈や従業員の技術・ノウハウ,顧客情報などの知的資産-の3つがあると指摘します。社内外でこれらを「見える化」して,次世代に円滑に準備すべきだと呼びかけています。しかし,これがなかなか難しい。事業承継に関する問題意識をもつこと,日々の経営の中で承継についても考えること,税制や金融,予算などを総動員して,具体的に検討を進めること,といった諸点は,多忙な経営者にとって,頭が痛いながらも十分に検討する余裕がないのかもしれません。また,検討をしようと思っても,これまで一般的だったといえる親族内承継が難しい事案も多くなってきており,社内承継又はM&Aを検討するも,なかなか適切な人材が見つからないというケースが多いです。承継者をみつけたら,複雑な法制のなかで,これをスムーズに行うための手続を検討しなければならず,一筋縄ではいきません。
単なる財産の承継ではなく,創業者の想いの承継,ときにはそれを乗り越えていくという側面があることも意識し,少なくとも「もっと早くしておけばよかった」「対策が遅すぎた」という後悔のないよう,十分に準備をしていってほしいです。なんのために承継するのか,だれに承継するのか,どうやって承継するのか。さまざまなことを検討するため,まずは問題点の把握からはじめるとよいと思います。
検討をする中で,弁護士がお手伝いできることもあると思います。引き続き,ブログのなかでも,いろいろと記事を書いていこうと思います。
オータムセミナー
本日,本年度の司法試験合格者,及び,法曹を志すロースクール生に向け,「オータムセミナー」(@九州大学法科大学院)が開催されました。弁護士の仕事に関し,私も,講師としてお話をしました。弁護士のキャリアは様々です。後進の方々も,これからの活動に夢を膨らませているところと思います。キャリアの1例として,私の弁護士としての歩みをご紹介させていただき,豊前についてもお話をしたところです。私は,「法の支配の国民的浸透」を目指し,弁護士過疎偏在問題に取り組む,というわかりやすいテーマをもって弁護士活動にあたっていますが,これらを実現するためには,当然,実力を付けていく必要がありますから,どのような心構えで,どのように業務にあたっていったか,ご紹介させていただきました。少しでもお役に立てば幸いです。そして,豊前にも興味をもってもらえればなと思います。
なお,セミナーで,司法制度改革審議会の意見書についても,少し言及しましたが,勉強になると思いますので,時間があればぜひご一読いただきたいなと思いました。
さて,オータムセミナーでは,大ベテランの八尋光秀先生の講演も拝聴することができました。八尋先生は,高隈事件,三井三池有明鉱火災訴訟,ハンセン病国賠訴訟,薬害肝炎訴訟…などなど,いくつもの著名事件を経験されており,そうした事件のお話をうかがうことができたのはもちろん,私が感銘を受けたのは,弁護士法1条にかかわるお話でした。弁護士法1条は,弁護士の「使命」として,基本的人権の擁護と,社会正義の実現をかかげています。「使命」とは何か?先生の定義では,「いったんかかわると,逃れられない,重大な任務」とのことです。自営業者としての弁護士には,労働基準法の適用もなく,当該「使命」のため,力を尽くさなければなりません。これから弁護士を目指す人は,そのことをよく考えて,弁護士になるかどうか検討するよう,メッセージがありました。たくさんの集団訴訟を経験した先生ならではのお話もいただけました。弁護士法1条に直結するような事件は,いわば100年後の正しさを求めて提訴するようなもので,1人でやっては負ける,集団でやって,「いま」その正しさを,裁判所に訴えていかなければならないのだとのことでした。その当事者・依頼者の現実(リアリティ)を追求し,裁判所を説得していくことが必要だとも述べておられました。私のこれからの弁護活動においても,常に意識しておきたい言葉です。
一部は講師という立場での参加でしたが,私にとっても大変貴重な機会をいただけたと思っています。ありがとうございました。
1周年記念記事ー身近な弁護士目指し
事務所開設1周年を記念し, 本日の西日本新聞(朝刊)で取り扱っていただきました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
事業承継について(1)
事業承継・相続対策などが注目されています。地方では,特に,問題の根が深いと思います。ということで,これから,何回かにわけて,記事を書いてみます。
事業承継ということばには,さまざまな意味が含まれていますが,私が理解するに,大きく,2つの問題があります。①適切な後継者の確保・選定・育成にかかわる問題。②資金繰りにかかわる問題。
経営者が,①自分の眼鏡にかなう後継者に引き継がせたいと思うのは当然です。その意味で,はやくから承継を見据えて,じっくりと,後継者を確保・選定・育成することが大切です。ただし,経営者が,バリバリの現役時代に,引退後の話を考えるのは,気乗りがしないという場合もありましょうし,あまりにはやくから,全面的に承継の話をすると,経営者自身についても,社員についても,その士気にかかわりますので,難しいところです。それでも,一般的に,はやくから,考えておくほうがよいということはいえます。経営者と後継者で,経験値が違うのは避けられないため,伸びしろがあるかどうかという観点からの判断が必要で,育成の観点が重要になってきます。経営者の帝王学を学ぶには,それなりの時間が必要でしょうから,はやくから検討しておくことが肝要です。一方,あまりにはやくから承継を検討して対策もしたが,その後,やはり経営者の眼鏡にかなわないということで,経営者と後継者の間で喧嘩になるケースもありますので,なんとも難しいものです。
②巷で事業承継対策というと,この部分,相続税等の対策を指すことが多いです。中小企業の事業承継においては,経営者の資産が,自社株,事業用不動産などで構成されており,現預金の比率が少ない場合もまれではありません。仮に,相続により,事業に必要なこれらの資産を引き継ぐという場合,後継者が適切にこれらの財産を引き継げるのかという問題と,後継者が相続税を支払えるのかという問題が生じます。相続税は,現金納付が原則ですので,納税資金の確保が課題になるわけです。
これからの記事連載において,これらの内容について,適宜深めていきたいと思います。
ブリッジ・オブ・スパイ
「スパイ」というタイトルですが,スパイアクション映画ではありません。冷戦時代,水面下で行われていた交渉に関し,弁護士の活躍を描いた,サスペンス映画です。
弁護士ジム・ドノヴァンは,ソ連のスパイの弁護を引き受けることになります。バッシングを受けながらも,懸命に弁護するドノヴァン。なんとか死刑を回避することができたが,その先には,さらに困難なミッションが待ち受けていました。冷戦下のソ連・東ドイツを相手に,捕虜となったスパイ同士の交換です。もともと,保険を専門に扱う事務所の腕利き弁護士として活躍していたドノヴァン。弁護士の真骨頂,交渉力が光る傑作です。
弁護士は,実に様々な業務を担当していますが,歴史的には,このような大役を担っていた方もおられるのですね。おすすめの一作です。ぜひともご覧あれ。
5時に帰るドイツ人,5時から頑張る日本人
「メメント・モリ」とは,ラテン語で,「自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな」という意味です。ドイツ人は,この言葉を噛みしめ,若いころから,休暇を十分に楽しむ風習があるそうです。
ドイツと日本の働き方を比べながら,日本の労働環境に警鐘を鳴らす,興味深い本を読みました。熊谷徹「5時に帰るドイツ人,5時から頑張る日本人」。三波春夫氏が広めた「お客様は神様」といい言葉があらわすように,過剰ともいえるサービスを競い,顧客もそれを求める日本と,サービスはそこそこでも寛容なドイツ。労働時間の長さが評価されかねない日本の風土と,残業を許さないドイツの風土。ドイツは,1日10時間を超える労働は法律違反で,管理職も,徹底して,退社を推進しています。日本も「働き方改革」として,労働時間の制限を検討しているものの,とても十分な内容とは思えないのが現状ですが,ドイツのように法律で強制力をもって長時間労働の禁止を徹底するぐらいではないと,これまで築いてきた日本の風土を破って改革をするのは,難しいのかもしれません。
日本でNHK記者として働いたのち,実際にドイツで暮らしてきた経験を踏まえ,比較法的に働き方について考えていきます。日本においても長時間労働,残業を許さない風土,社会的合意を形成するためにどのような取り組みが有効か,考えていく上でのヒントになるかもしれません。高橋まつりさんの事件の教訓を風化させないよう,労働者皆が,そして使用者も,きちんとした関心をもって議論していく上で,このような本は大変参考になるのではと思いました。
事務所開設一周年
昨年,平成28年10月3日,事務所を開いてから,はやくも1年が経ちます。新天地で,なんとかやってこれたのは,みなさまのご愛顧のおかげです。本当にありがとうございます。
当初は,市民の方も,「弁護士に相談することなんて…」と遠慮がちだったようにもお見受けしますが,段々と,相談に来られる方も多くなり,様々な相談をお受けすることができています。地域がら,守秘義務の問題と利益相反の問題には十分に注意しつつ,ご相談者様のニーズに応えることができるよう,迅速・的確な処理を心がけながら,毎日の業務にあたってきました。地域の方の役に立ちたいという気持ちが伝わったのか,「親しみやすい」「よかった」「気持ちが軽くなった」などというコメントもいただくことができ,そういった言葉をいただくたびに,苦労もあるけど,やってきてよかったと思うものでした。
もちろん,うまく行くことばかりではなく,紛争に首を突っ込むという仕事の性質上,しんどいことも多々ありますが,紛争を解決できた時の喜びはひとしおです。これからも,町医者的な,市民に近い弁護士として活動できるよう,全力を尽くしてまいります。
支障のない範囲で,個別の事件のことも述べてみたいと思います。
車社会ですので,交通事故の相談は,相応にあったように思います。保険会社の対応が悪い,提示額に不満がある,後遺症を認めてくれない,私は悪くないのになぜ過失相殺されるのか,相手方が無保険だけどなんとか回収したい…ひとくちに交通事故と言っても,事案ごとにお悩みは様々です。
離婚の相談もありますが,地域がら,人間関係のしがらみ,体裁,事件の秘密などについては,特に気を遣って処理するよう心がけているところです。離婚では,親権,養育費,婚姻費用,面会交流,財産分与,慰謝料,年金分割…と,セットで問題になる様々な問題がありますが,そもそもそういったことが問題になるという意識がない場合も多く,啓蒙的な取り組みも必要かもしれないと考えているところです(余計なお世話でしょうか?)。
債務整理に関しては,地域がら,自宅不動産,車がほぼ必ず問題になってきます。また,破産だけはどうしても避けたいというニーズも大きいように思います。真面目な性格で,返済しないということが許せないと考え,反面,それによって,事態が悪化しているということも多いように感じます。ご依頼者様の意向を最大限尊重しながらも,適切なときに適切なアドバイスができ,適切な弁護士の介入ができるよう,当方でも試行錯誤していきたいと思います。
高齢者が人口の4割に達しようとする地域であるにもかかわらず,後見・相続等,高齢者にまつわる相談は,比較的に少なかったように感じます。地域では,親族間で支え合っていて,後見等の必要を感じないという意見をお聞きすることもあります。ただ,本来は必要であるが顕在化してない部分もあるように思いますので,適切なアドバイスと処置ができるよう,こちらも試行錯誤していきたいと思います。また,相続登記がされていない不動産登記をみかけることがよくあり(司法書士の先生からもそのようなお話を聞いています。),本来であれば,遺産分割や遺言のニーズはあるのではないかと思いますので,こちらも課題として検討したいです。
刑事事件,時期により繁閑の差が激しいように感じますが,地域では身柄拘束されるとほぼ全件が新聞の地方欄に掲載されてしまうなど,問題の深刻度は大きいように感じています。中小零細の経営者が身柄拘束されてしまった場合,本人はもちろん,会社,家族,従業員,下請け…と,波及効果も大きく,一筋縄ではいきません。身柄解放後の帰住先の確保に奔走することもありました。限られた時間で示談交渉を迫られ,とても大変な思いをすることもあります。時間も手間もとられ,大変ですが,その人の人生を左右する重大事であることを胸に,1つ1つと向き合ってあたっていきたいと思っています。
その他,様々な問題を扱っています。これからも,地域に良質なリーガルサービスを提供できるよう,尽力してまいりますので,宜しくお願いします。
交通事故と健康保険・労災保険
交通事故事件を扱っていると,健康保険の話を聞かれることも多いので,以下記してみます。
まず,よくある誤解として,「交通事故での負傷には,健康保険は使えない」というものがあります。そんなことはなく,使えます。ところが,病院にこのように言われると,信じてしまうようです。病院も誤解しているのか,あるいは,健康保険を使ってほしくないからそう言っているのかはわかりませんが,健康保険は利用できるということは,押さえておくとよいと思います。
次に,交通事故の際,健康保険を使う場合は,「第三者の行為による傷病届」などを提出する必要があります。これは,健保が立て替えた治療費等を,健保が加害者に対し,求償するための書類ですね。
では,どういう場合に,健康保険を利用するのがよいでしょうか。まず,治療費の総額が高額になり,また,自身の過失割合が大きい場合は,健康保険の利用を検討するとよいと思います。自分の過失分は,相手方に請求できませんので,その分は手出しになります。しかし,健康保険を利用すれば,健保が7割は負担してくれますから,結果的に手出しが減ることになります。他に,相手方が任意保険に加入していない場合なども,健康保険の利用を検討すべきです。自賠責での傷害部分の保険金額は上限120万円となっていますが,それ以上の治療費が必要な場合もあります。その部分は,相手方に請求することになりますが,相手方が任意保険に入っておらず,無資力の場合,結果的に,治療費を手出しせざるを得なくなる可能性があります。こうした場合に備えるということですね。
以上のように,交通事故でも,健康保険の利用を検討すべき場合があります。
交通事故において,労災保険を利用すべきかと質問される場合もありますので,あわせて記してみます。
これについては,原則として,よほどデメリットが思い浮かばない限り,利用すべきと思われます。労災保険を利用した場合,二重取りを防ぐため,損益相殺という処理で,損害賠償額の調整をすることになりますが,「特別支給金」は損益相殺の対象にならず,もらいっぱなし(これは行政から支給されるもので,被害者が加害者に直接請求できるものでもない)になります。さらに,労災保険が給付された場合の損益相殺の処理においては,費目間流用が禁止されるという特徴があり,治療費として支払われたものは治療費としてしか,損益相殺できません。被害者にも相応の過失があって,本来,過失相殺の関係で,治療費の手出し部分が生じ得たにもかかわらず,労災保険給付により,余分に治療費に対応する給付を受けた場合,費目間流用が禁止されるため,余分にいただいた治療に対応する支払い分は,もらいっぱなしになります。もちろん事案によりますが,一般に,被害者請求よりも労災における後遺障害認定の方が,気持ち緩やかなような気もしますし(社会保険給付の性質上?),労災は活用した方がよろしいのではないかと思います。
なお,労災保険を利用した場合も,「第三者行為による災害届」を提出する必要があります。