私(西村幸太郎)の一連のブログ記事です。私がどういう人間なのか、どういう活動をしているのか、どんなことを考えているのか、どんな知識やスキルを持っているのか、信頼に足る弁護士か、などなど、たくさんの疑問をお持ちの方もおられると思います。そのような方々は、是非こちらの記事を御覧ください。

「未払い残業代」の落とし穴とは?知らないうちに1,000万円が消える恐怖

「残業代くらいで会社が大きな損失を被ることはないだろう」

そう考えている経営者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし実際には、未払い残業代の問題がきっかけとなり、数百万円から1,000万円を超える請求へ発展するケースもあります。

その背景には、残業代請求の時効延長や、経営者と法律で異なる「労働時間」の考え方があります。会社としては残業と認識していなくても、法律上は労働時間と判断されることも少なくありません。

今回は、地方維新塾第1回セミナーでも解説した「未払い残業代リスクと労働時間の考え方」について、もう一度整理してお伝えします。

未払い残業代は「恐怖の簿外債務」である

未払い残業代は、企業の貸借対照表には現れません。しかし、実際には従業員に対する支払い義務として存在しており、問題が発覚した時点で一気に表面化します。

そのため私は、未払い残業代を「恐怖の簿外債務」と表現しています。

通常の借入金であれば、経営者は毎月返済額や残高を把握できます。しかし未払い残業代は、日々の業務のなかで気付かないうちに積み上がり、ある日突然請求として問題になることがあります。

だからこそ、未払い残業代は単なる給与計算の問題ではなく、経営リスクとして捉える必要があるのです。

残業代請求の時効は2年から3年へ延長された

未払い残業代のリスクを大きくしている要因の一つが、請求権の時効延長です。

かつて未払い残業代は過去2年分までしか請求できませんでした。しかし法改正により、現在は過去3年分まで請求が可能となっています。

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(出典:厚生労働省「未払賃金が請求できる期間などが延長されています)」

また、将来的には5年への延長が予定されており、現在はその経過措置として3年となっています。

仮に毎月発生する未払い残業代の額が同じであっても、請求できる期間が長くなれば、その分だけ請求額も増加します。

これまで問題にならなかった企業であっても、制度変更によって想定以上のリスクを抱える時代になっているのです。

社員10名でも1,800万円──未払い残業代シミュレーション

未払い残業代がどれほどの規模になるのか、具体例で考えてみましょう。

仮に従業員10名について、1人あたり毎月5万円の未払い残業代が発生していたとします。

この場合、年間の未払い額は600万円になります。そして現在の時効である3年間分を請求された場合、総額は1,800万円に達します。

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月5万円という数字だけを見ると、大きな金額には感じないかもしれません。しかし、それが複数人に発生し、数年間積み重なることで、企業経営に大きな影響を与える規模へ膨らみます。

未払い残業代の怖さは、一件あたりの金額ではなく、「気付かないうちに積み上がる」という点にあります。だからこそ、まずは自社における労働時間の考え方や運用実態を把握しておくことが大切です。

残業代問題の本質は「労働時間」の理解にある

未払い残業代が発生する原因は、単なる計算ミスだけではありません。多くの場合、会社側と法律上の「労働時間」の考え方にズレがあることが原因です。

残業代問題を正しく理解するためには、まず「何が労働時間に当たるのか」を知る必要があります。

労働時間は会社のルールではなく実態で決まる

経営者のなかには、「うちでは残業と認めていない」「就業規則で定めていないから大丈夫」と考える方もいらっしゃいます。

しかし、労働時間かどうかは会社が自由に決められるものではありません

法律上の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」とされています。つまり、労働契約や就業規則で決めるものではなく、また実際に作業をしているかどうかではなく、会社の指示や管理のもとに置かれているかどうかが判断基準になります。 (参考:e-GOV 法令検索「労働基準法」)

そのため、会社としては労働時間と考えていなかった時間であっても、法律上は労働時間と評価されることもあるのです。

最高裁判決で実務が変わった、労働時間の考え方

こうした考え方を広く知らしめたのが、平成14年の最高裁判決(大星ビル管理事件)です。

この事案では、ビル警備員が仮眠室で待機している時間が労働時間に当たるかどうかが争われました。仮眠中は実際に業務を行っているわけではありませんが、警報が鳴れば直ちに対応しなければならない状態に置かれていました。

最高裁は、このような状態であれば使用者の指揮命令下にあるとして、仮眠時間も労働時間に当たると判断しました。

この判決以降、「実際に働いていたか」ではなく、「自由に時間を使える状態だったか」という観点が重視されるようになりました。

つまり、経営者の感覚では休憩や待機時間に見える時間であっても、法律上は労働時間として扱われる可能性があるのです。

その時間は本当に労働時間ではないと言えるか?

「労働時間は使用者の指揮命令下にある時間」と言われても、実際の現場では判断が難しい局面も多く存在します。

そこで、セミナーでも取り上げた具体例をもとに、どのような時間が労働時間として扱われる可能性があるのか見ていきましょう。

ケース①:仮眠時間

仮眠時間は、一見すると休憩時間のように思われます。

しかし、仮眠中であっても警報が鳴れば対応しなければならない、電話があれば出なければならないなど、会社の指揮命令下に置かれている場合は労働時間と判断される可能性があります。

実際に最高裁判所は、大星ビル管理事件において、警備員の仮眠時間を労働時間と認定しました。

重要なのは、「寝ていたかどうか」ではなく、「自由に時間を使える状態だったかどうか」です。

ケース②:持ち帰り残業

会社での残業を禁止していたとしても、自宅へ仕事を持ち帰って業務を行っている場合に、労働時間と判断される可能性もあります。

特に、会社が業務量を把握していたにもかかわらず黙認していた場合や、事実上持ち帰り作業が必要な状況であった場合は注意が必要です。

「会社の外で行った作業だから労働時間ではない」というわけではなく、実態に基づいて判断されます。

ケース③:着替え時間

工場や医療機関などでは、制服や作業着への着替えが必要になることがあります。

この場合、着替え時間についても、業務上必要なものであり、会社から着用を義務付けられていると労働時間に該当する可能性があります。

反対に、私服勤務で自由に準備できるような場合、労働時間に当たらないこともあるでしょう。同じ「着替え」であっても、業務との関係性、すなわち会社の指揮命令下にあったかどうかによって判断が分かれるのです。

ケース④:勉強会

勉強会や研修も、労働時間かどうかが争われやすい場面です。

「会社が参加を義務付けている」「参加しなければ人事評価に影響するような実態がある」場合は、労働時間と判断される可能性があります。

一方で、完全に任意参加であり、不参加による不利益もないのであれば、労働時間に当たらないケースもあります。

経営者としては「学びの機会を提供している」という認識でも、実際の運用次第では労働時間と評価される可能性があるため留意しましょう。

まとめ:大きな損失を産む前に必要な対策を

未払い残業代は、経営者が意図的に法律違反をして発生するものではありません。

むしろ、「これくらいは労働時間ではないだろう」「残業として扱う必要はないだろう」という現場感覚と、法律上の判断基準とのズレによって発生することが多々あります。

一度問題が表面化すると、未払い残業代は過去にさかのぼって請求されます。時効延長の影響もあり、その金額は数百万円から場合によっては1,000万円を超える規模に膨らむこともあります。

だからこそ重要なのは、トラブルが起きてから対応することではなく、自社の労働時間管理や運用ルールを定期的に見直しておくことです。

労働時間や残業代は、労働基準法で定められているものであるので、違反があれば労基署からの行政指導の対象にもなります。

「これは労働時間に当たるのだろうか」「現在の運用で問題はないだろうか」と感じる場面があれば、早めに専門家へ相談することをおすすめします。

労務トラブルを未然に防ぐことは、会社と従業員の双方を守ることにもつながるのです。


ブロガー: 弁護士西村幸太郎

豊前の弁護士です。